躁鬱病でもしあわせになりたい

躁鬱病と向き合う大学四年生の話

心機一転

夏休みは久しぶりに実家に帰って過ごした。

学校のことも就活のことも忘れて、モラトリアムな日々を過ごしていた。


愛犬と遊んだり、YouTubeで稲川淳二の怖い話を聞いたりなんかしてた。

弟とくだらないことを駄弁りながら見た花火と星空が忘れられない。


こんな私でも生きてて良いのかな。

このまま生きていて、良いことあるのかな。



今一番の不安は、卒業制作と就活が全く進んでいないこと。

思いっきり鬱のどん底で、動く気力が湧かないのだけど、両親には理解してもらえない。


絶対卒業しろよ、って、分かってるよ。

私だって卒業したいよ。働きたいよ。


でも、身体が起き上がらない。


何も考えられなくて、アイデアも浮かばなくて、絵なんてもう描けないよ。


この気持ち、誰なら分かってくれるんだろう。



今日は、全く進んでいない就活の第一歩として、証明写真を撮りに行った。


朝起き上がれなくて遅刻ギリギリだったけど間に合ったし、人と話すのが怖かったけどなんとか乗り切ることが出来た。


切り替えなくちゃ。


打ち上げ花火みたいに立派なんて望まない。

鬱々とした中でも、線香花火みたいに儚くてもいいから、小さな幸せを見つけるんだ。

別れても好きな人

昨日は櫟谷七野神社にお参りに行った。


もちろん元カレを引きずって縁戻しの事で。


汗だくで迷子になりながら、もう鮮明には思い出せない彼の事を願った。


恋愛でもなんでもない、歪んだ執着なのかもしれないけど、何度諦めようとしてもダメだ。


でも、私の過去の行いが祟ったのだと思う。

因果応報。自業自得。


こんな私に想われるなんてかわいそう。

復縁したいけど、彼が幸せになる為に身を引くのが本当の愛情なのではないか。


そんな事を考えながら、それでもやっぱ諦められなくて図々しい私は、お守りを握りしめて帰った。

鬱々としたこの頃

今日で前期最後の登校日。


なんとかやり過ごす事ができた。

誰とも話す事なく1日が終わる。


気楽ではあるけど、自分が情けなくなる。


これでしばらく誰とも会わずに済む。

忘れてゆっくりしたい。


それなのに、度々元彼に関する何かを目にしたり聞いたりして、辛くなってしまう。


今日も偶然観た映画で名前を聞いた。

夢にも出てくる。彼に関する数字を見る。


もう嫌だ。なんでだろ。


意識してるのは、絶対私だけなのに。


期待しないで私。何も起きないから。


早く綺麗に忘れてしまいたい。


好きだった事も忘れてしまえば苦しくないはずだから。


あの頃の元気で社交的な自分はもういない。

躁鬱病で滅茶苦茶に汚された。


普通の子に生まれたかったな。